毛髪再生医療の実用化はいつ?最新情報と時期を言い切れない制度上の理由を解説
2026-08-06
「毛髪再生医療はいつ実用化されるのか」と調べると、すでに始まっているという解説と、まだ研究段階だという解説の両方が出てきます。どちらか一方が誤りというより、毛髪再生医療と呼ばれる技術が一つではなく、進み方も技術ごとに違うことが、話のかみ合わなさの背景にあります。
この記事では、大学・公的研究機関・企業が公表した資料を材料に、毛髪再生医療の実用化がどこまで進んだのかを整理します。すでに提供が始まった治療の中身、研究段階にとどまる技術の到達点、そして公式に実用化の時期が示されない制度上の理由まで順に見ていきます。目の前の情報が「もう受けられる話」なのか「まだ研究の話」なのかを、ご自身で見分けられる状態を目指して読み進めてください。
毛髪再生医療の実用化はいつ?一次資料で言えるのはどこまでか
先に短く答えると、毛髪再生医療のうち一部はすでに医療機関で提供が始まっており、毛包そのものを作り直す技術は時期が示されないまま研究が続いているという状態です。「実用化されたか、されていないか」の二択では答えが出ません。
実用化という言葉が、実際には複数の判定を一語にまとめた言い方だからです。次の5つは一本の階段のように順番に上がっていくものではなく、それぞれ独立に判定される並列の軸として扱う必要があります。
| 判定軸 | 何を見る軸か | 毛髪再生医療での見え方 |
|---|---|---|
| 提供状況 | 医療機関で実際に受けられるか | 受けられる技術と受けられない技術が混在している |
| 臨床段階 | 研究がヒトを対象とする段階まで進んだか | 動物実験の段階・臨床研究を終えた段階など技術ごとにばらつく |
| 薬事上の承認 | 医薬品や再生医療等製品として国の承認を受けたか | 承認を受けた製品として提供されているものは確認できない |
| 診療ガイドライン | 学会が診療の指針として推奨しているか | 注入する治療の一部は推奨度C2と評価されている |
| 保険適用 | 公的医療保険が使えるか | 提供が始まっている技術は自由診療で費用は全額自己負担 |
5つの軸は同時に満たされるものではありません。提供が始まっていることと、薬事上の承認を受けていることや保険が使えることは別の話です。どの軸の話をしているのかを分けて読むと、記事や広告で見かける「実用化」の意味も判別しやすくなります。
毛髪再生医療の実用化時期を明言した公式発表は見当たらない
研究機関や企業の公表資料をあたっても、「◯年に実用化する」と時期を明言した一次情報は見当たりません。たとえば理化学研究所と株式会社オーガンテックは、2026年2月25日に毛包再生の研究成果を発表しています。今後の期待として「将来の毛包再生医療への応用可能性を示すもの」と書かれているだけで、年の記載はありません。
2022年10月に科学技術振興機構(JST)などが発表した毛包オルガノイドの成果も同様で、実用化の時期には触れていません。期限を伴う記述として一次資料に残っているのは、オーガンテックが2023年2月時点の自社計画として表明した「2024年には臨床研究の実施を計画」という一文のみで、その計画が実施されたかどうかを示す公表資料は確認できていません。
時期を書いた公式発表が確認できない以上、具体的な年を挙げる情報には根拠が付いていない可能性があります。年数を明示している解説を見かけたら、その数字の出どころを確かめてください。
毛髪再生医療をいつから受けられるかは技術ごとに違いすでに提供中のものもある
「いつから受けられるか」は、技術をひとまとめにすると答えが出せません。毛球部毛根鞘細胞(S-DSC)を用いた治療は2024年7月1日に大学病院で提供が始まっており、すでに受けられる段階に入っています。一方、毛包そのものを作り直す毛包器官再生は、公表資料で追えるのが動物や試験管内での実験と手続き上の承認までで、ヒトへの提供は始まっていません。
同じ「毛髪再生医療」という言葉でも、提供が始まった技術と、研究室の中にとどまっている技術が同時に存在しているのが現在の姿です。次の章から、それぞれの技術がどこまで進んだのかを個別に見ていきます。
毛髪再生医療に取り組む主な研究機関や会社
日本国内で毛髪再生医療に関わる研究や提供を公表しているのは、次のような機関です。担当している領域が異なるため、名前と役割をセットで押さえておくと情報の整理が楽になります。
- 理化学研究所
毛包器官再生の基盤となる技術を開発し、企業との共同研究で基礎研究を担っています。 - 横浜国立大学とKISTEC(神奈川県立産業技術総合研究所)
生体外で毛包のもとになる組織を作る研究に共同で取り組んでいます。 - 東邦大学医療センター大橋病院
S-DSCを用いた治療の提供を始めた医療機関です。 - 東京医科大学病院と杏林大学医学部付属病院
元になった臨床研究に参加し、S-DSCを用いた治療の提供施設としても公表されています。 - 資生堂
細胞の輸送・培養・凍結保管の管理監督を担う立場で関わっています。 - オーガンテック
毛包器官再生の事業化に取り組む企業で、理化学研究所と共同研究を行っています。
医療機関・大学・公的研究機関・企業がそれぞれ別の工程を担っており、一社や一機関が単独で進めているわけではありません。各機関の取り組みは、後の章で個別に取り上げます。
毛髪再生医療のうち実用化されたS-DSC(毛球部毛根鞘細胞)の治療とは?
すでに提供が始まっているのが、S-DSCを用いた治療です。ただしここでいう提供とは、再生医療等安全性確保法にもとづく届出を行ったうえで実施する自由診療という意味であり、薬機法上の承認を受けたことや、標準治療になったことを意味するものではありません。この章では、治療の中身と公表されている数値を順に確認します。
毛髪再生医療のS-DSC(毛球部毛根鞘細胞)は自分の毛包の細胞を培養して移植する方法
まず用語を整理します。名称が似ているため混同されやすい2語です。
毛包の根元にあたる毛球部の毛根鞘に存在する細胞そのものを指します。
そのDSC細胞を培養して治療に使える形にした加工物の名称で、正式には培養自家毛球部毛根鞘細胞加工物といいます。
治療の流れは、東京医科大学病院の公表資料によると次のとおりです。後頭部の脱毛していない部分から、直径5mm程度の頭皮組織をパンチで採取します。細胞培養加工施設で毛包からDSC細胞を取り出し、無菌状態で約3週間培養します。品質試験を経てS-DSCとして凍結保存し、投与日に解凍して専用の注入器で脱毛部に投与します。採取のときは局所麻酔を行い、2〜3針の縫合と約2週間後の抜糸が必要です。
採取した部位と投与する部位が異なるため、自分の細胞を「戻す」のではなく「別の部位へ移植する」方法にあたります。なお、同院の説明には細胞が十分に増殖せず投与に至らない可能性があることも記載されています。
毛髪再生医療で移植したS-DSCが毛乳頭細胞に働きかけると期待される仕組み
仕組みについては、東邦大学医療センター大橋病院のプレスリリースに公式の記述があります。DSC細胞を移植することで毛乳頭(DP)細胞の活動を活発化させ、髪が太く長く成長し、ヘアサイクルや頭皮環境が整うことが期待できるという説明です。
注意したいのは、この原文が「期待できる」という語で止めている点です。働きかけの仕組みは、そうなると確認された筋道として書かれているわけではありません。仕組みの詳細は本記事の主題から外れるため、ここでは公表された記述の範囲にとどめます。
毛髪再生医療の提供を始めた大学病院と細胞を管理する企業
提供を始めたのは東邦大学医療センター大橋病院です。同院は2024年6月28日にプレスリリースを発行し、皮膚科の新山史朗准教授のもとで2024年7月1日から提供を開始すると公表しました。同日から、他の医療機関からの紹介による外来予約の受付も始まっています。本記事で確認した公表資料の範囲では、年月日まで確認できる提供開始日はこの施設のものだけです。
このほか、東京医科大学病院と杏林大学医学部付属病院も提供施設として公表されていますが、両院の公式ページに開始の年月の記載はありません。
細胞の側を担うのが資生堂です。同社の公表資料では、医療機関の指示のもとで輸送・培養・凍結保管などの管理・監督を担っていると説明されており、治療を提供する主体は企業ではなく医療機関という役割分担になっています。もとになったのは、2016年に東邦大学医療センター大橋病院・東京医科大学・資生堂の研究チームが始めた医師主導臨床研究です。2020年以降は杏林大学医学部付属病院を加えた3施設で臨床研究が行われ、結果は査読付きの学術誌2誌に掲載されています。
毛髪再生医療のS-DSCで効果が出た人の割合を提供施設が約3割と公表
効果については、提供施設である東京医科大学病院が数値を公表しています。同院の説明によると、現時点でのデータは全体で3割、男性は2割、女性は4割で、女性・40代以上・薄毛の進行度が比較的初期段階の方でより優れた効果を発揮したとされています。
この数値の読み方には条件が付きます。同院が自院の診療案内として示した値であり、どのような評価方法で判定したのか、何人を分母にした割合なのかは公表ページに記載がありません。第三者の検証を経た数値として扱えるものではない点をふまえて受け取る必要があります。
- 公表されているのは効果が出た人の割合のみで、増えた毛の本数を示すデータではない
- 評価方法と母数が公表されていないため、他の治療との単純な比較には使えない
- 東京医科大学病院の案内では、対象が他の治療で効果が不十分だった方などに限られ、最初に選ぶ治療という位置づけではない
- 同院の受診には近隣の医療機関からの紹介状が必要とされている
- 臨床研究では投与部位の紅斑・腫れ・痛み・出血、投与時の気分不良、投与後の頭痛が報告されている
誰が受けても髪が生えると読める数値ではなく、効果が出なかった方のほうが多いことも同時に示した数値です。
毛髪再生医療の毛包器官再生を国内の研究機関と企業が進めてきた経過
ここからは、まだ提供が始まっていないほうの技術を見ていきます。毛包器官再生は、20年近い時間をかけて進められてきた一方、一直線に進んできたわけでもありません。公表資料をもとに、起点から現在までを時系列で追います。
毛髪再生医療の毛包器官再生は毛包そのものを作り直して髪の総本数を増やす狙い
毛包器官再生は、いま生えている毛を太くするのではなく、毛を作る器官である毛包そのものを新しく作って移植するという考え方の技術です。オーガンテックの公表資料では、次の流れが説明されています。後頭部から髪100本(1cm²)程度を含む頭皮を採取し、上皮性幹細胞と間葉性幹細胞を取り出して生体外で培養します。そのうえで採取した毛包の50〜100倍にあたる再生毛包器官原基へ増やしてから頭皮に移植するという構想です。
狙いとして掲げられているのは、毛髪の総本数を増やすという点です。ただしこれは企業が示した技術の狙いであり、実証されているのはマウスでの実験までで、ヒトで同じ結果が得られると確認された段階ではありません。
毛髪再生医療の器官原基法を世界に先駆けて開発した研究チーム
毛包器官再生の土台になっているのが、器官原基法と呼ばれる技術です。理化学研究所の辻孝チームリーダーらが2007年に世界に先駆けて開発した手法で、上皮性の幹細胞と間葉性の幹細胞を三次元的に組み合わせ、器官のもとになる構造を作り出します。
この手法は毛包専用のものではありません。歯や分泌腺など複数の器官を生体内で機能的に再生させる汎用的な技術として開発され、その応用先の一つが毛包でした。2012年には成体の毛包に由来する上皮性幹細胞と毛乳頭細胞から作った毛包原基を生体の皮膚内に移植し、機能的な毛包の再生を実証しました。2021年2月には、毛包幹細胞を毛包再生能を保ったまま生体外で100倍以上に増やす培養法の確立も公表しています。器官原基法という土台の上に、毛包での応用研究が積み上がってきた関係です。
毛髪再生医療で公表されているのは非臨床試験の開始と委員会の承認まで
臨床に向けた段階については、公表資料で追える範囲がはっきりしています。2016年7月に理化学研究所と企業2社が毛包器官再生による脱毛症の治療に関する共同研究を開始し、2018年6月4日には臨床研究の前段階である非臨床試験を開始したという発表が理化学研究所の公式お知らせに掲載されました。その後、2020年6月には「再生毛包器官原基移植による毛髪再生医療」として特定認定再生医療等委員会の承認を取得しています。
公表資料で確認できるのはここまでです。特定認定再生医療等委員会とは、再生医療等の提供計画を審査する認定委員会のうち、とくに高度な審査能力と第三者性を備えたものを指します。委員会の承認は、計画を審査する手続き上の関門を通過したという意味であり、ヒトへの提供が始まったことを示すものではありません。
毛髪再生医療の事業を資金難で止めたあと出資を受けて再開した企業
研究が止まっていた時期があることも、公表資料に残っています。委員会の承認から4か月後の2020年10月、開発を進めていたオーガンテクノロジーズは投資意欲の後退により資金調達ができず、事業を停止したと同社自身がリリースで明らかにしました。
再開したのは2023年です。同年1月に社名を株式会社オーガンテックへ変更して経営体制を一新し、小林製薬がリード企業として出資する資本業務提携により、毛髪再生医療と歯の再生の2事業を軸に事業を再開しました。同社は2023年2月時点の計画として「2023年に委員会の再承認、2024年に臨床研究の実施」を表明していますが、これが実施されたことを示す公表資料は確認できていません。
毛髪に関する同社の公表で新しいものは、2026年5月20日に発表されたコージンバイオへの国内製造権のライセンス供与です。このリリースにも臨床や実用化の時期に関する記載はなく、事業体制に関する発表にとどまります。研究資金の事情で歩みが止まりうるという事実は、実用化の時期を予測しにくい理由の一つでもあります。
毛髪再生医療の最新情報でわかる毛包オルガノイドと第三の細胞
近年公表された成果のうち、毛髪再生医療の文脈でよく取り上げられるものが2つあります。一つは大学と公的研究機関が共同で開発した毛包オルガノイド、もう一つは基礎研究で見つかった「第三の細胞」です。それぞれ発表した主体も年も異なるため、分けて確認します。
毛髪再生医療の毛包オルガノイドを大学と公的研究機関が共同で開発
毛包オルガノイドとは、生体外で作る毛包のもとになる小さな組織のことです。2022年10月24日、科学技術振興機構(JST)・KISTEC・横浜国立大学が共同で、生体外で高い効率で長い毛を生み出す毛包オルガノイド「ヘアフォリクロイド」の作製法を開発したと発表しました。研究を担ったのは、横浜国立大学工学研究院の教授であり、KISTECの有望シーズ育成事業でプロジェクトリーダーを務める福田淳二氏と、景山達斗研究員らのグループです。
技術の中身は、上皮系細胞と間葉系細胞が自ら組織を作る性質を利用し、両者の空間的な配置を制御するというものです。論文は米国時間2022年10月21日に『Science Advances』へ掲載されました。生体外で伸びた毛幹の長さは3mmと報告されています。
毛髪再生医療の毛包オルガノイドはマウスへの移植で毛の生え代わりを確認
作製した毛包オルガノイドは、動物への移植でも確かめられています。同じ発表によると、マウスに移植したところ毛包が生着し、毛の生え代わりを繰り返すことが確認されました。作って終わりではなく、移植先で毛周期が回ったという点が到達点です。
ただし、この確認はマウスで行われたものであり、ヒトで毛が生えたことを示すものではありません。発表では用途として、培養モデル、白髪や脱毛症の治療薬を探すスクリーニングツール、毛髪再生医療のための移植組織という3つが挙げられています。出口は移植による治療だけではなく、薬を探すための道具としての活用も想定されています。
毛髪再生医療でiPS細胞から毛包オルガノイドを作る研究
細胞の入手先を変える研究も進んでいます。横浜国立大学の研究者総覧には、代表的な業績としてヒトiPS細胞から作った外胚葉系の前駆細胞を用いて毛包オルガノイドを作る研究が挙げられています。論文は2026年3月に『ACS Biomaterials Science & Engineering』へ発表されました。
本人の細胞を用いる従来の組み立てでは、毛包を作るのに本人から採取した細胞が必要になります。iPS細胞を出発点にできれば、採取の負担や細胞の量という制約の考え方が変わります。もっとも、これは研究として取り組まれている段階の話です。同大学の科研費の情報では、長い毛を持つ毛包オルガノイドの構築に関する研究期間が2023年4月から2027年3月までとされており、公的資金による基礎研究のフェーズにあることがうかがえます。
毛髪再生医療の第三の細胞の発見でマウス毛包を生体外で再生できた段階
もう一つの成果が「第三の細胞」です。2026年2月25日、理化学研究所と株式会社オーガンテックが、毛包の再生を支える第三の細胞として毛包再生支持細胞を発見したと発表しました。毛包の再生には上皮性幹細胞と間葉性幹細胞の2種類が必要と考えられてきたところに、もう1種類の関与が示されたという内容です。
成果の中身は、成体由来の3種類の細胞から作った毛包器官原基が、生体外で毛球部を形成し、成長期へ移行し、毛周期を持つ機能的な毛包として再生することを実証したというものです。論文は『Biochemical and Biophysical Research Communications』に掲載されています。
この成果も、実験に用いられたのはマウス由来の細胞で、再生が確認されたのは生体外です。基礎研究としての前進であり、ヒトの治療として受けられる段階とは別の話だと整理しておく必要があります。
毛髪再生医療で扱われる幹細胞やPRPなどの技術の種類
毛髪再生医療という看板のもとでは、性質の異なる技術がまとめて案内されることがあります。ここではそれぞれの技術がどの方式で、どの段階にあるのかを、段階の見取り図として横断的に並べて整理します。
| 技術 | 方式 | 公表資料で確認できる段階 |
|---|---|---|
| S-DSCの移植 | 自分の細胞を培養して移植する | 届出を行った自由診療として大学病院で提供中 |
| 毛包器官再生 | 毛包そのものを作って移植する | 非臨床試験の開始と委員会の承認までが公表の限界 |
| 毛包オルガノイド | 生体外で毛包のもとを作る | マウスへの移植で毛の生え代わりを確認した研究段階 |
| PRPの注入 | 血液から取り出した成分を注入する | 診療ガイドラインで推奨度C2と評価されている |
| 培養上清の注入 | 細胞が分泌した成分を注入する | 同じく推奨度C2と評価されている |
このほか、エクソソームやACRSといった名称も注入する治療として案内されることがあります。ただし毛髪への効果を確かめた公的な資料は確認できていないため、本記事では名称の紹介にとどめます。
毛髪再生医療の幹細胞の移植とPRPの注入の違い
技術を大きく分けると、細胞そのものを移植する方式と、細胞以外の成分を注入する方式という区分になります。幹細胞やDSC細胞を用いる治療は細胞そのものを移植する方式で、体から細胞を採取し、培養などの加工を経て頭皮に移植します。細胞を扱うため培養施設が必要で、手続きも重くなります。
一方、PRP(多血小板血漿)は自分の血液から血小板を多く含む成分を取り出して注入する方式で、細胞を増やす工程を挟まない場合が一般的です。厚生労働省の資料には、PRPを利用する技術を第3種として扱った記載があります。ただし培養の有無や使い方によって分類は変わるため、PRPであれば一律にこの区分になると決まっているわけではなく、提供計画ごとに判断されます。両者は「同じ再生医療」という言葉でまとめられがちですが、体に入れるものも手続きも異なる技術です。
毛髪再生医療のS-DSCは今ある毛が対象で毛包器官再生は毛包そのものが対象
細胞を移植する方式のなかでも、S-DSCと毛包器官再生では働きかける対象が違います。S-DSCが働きかけるのは、すでにある毛包の毛乳頭細胞です。自分の毛包から取り出した細胞を培養して脱毛部に移植し、いま生えている毛が太く長く成長することを期待する、という組み立てになっています。
これに対して毛包器官再生が対象にするのは、毛包という器官そのものです。細胞から毛包のもとを作って移植し、新しい毛包を発生させることで毛の本数を増やすことを狙います。同じく自分の毛包から細胞を採取する点は共通していますが、既存の毛包を助けるのか、新しい毛包を作るのかという目的が異なります。
私たち再生医療研究所でも、幹細胞治療や培養上清液に関する研究・情報発信を行っています。ただし公表している研究内容は免疫細胞療法・幹細胞治療・培養上清液であり、毛髪を対象とした治療を提供しているわけではありません。技術の呼び名が同じでも、どの疾患や部位を対象にしているかは提供する医療機関ごとに異なります。案内を読むときは、技術の名前だけでなく対象として明示されている疾患や部位もあわせて確認してください。
毛髪再生医療の治験は行われている?
治験や被験者募集の情報を探している方に向けて、この章では薬機法上の治験、つまり医薬品や再生医療等製品の承認申請に使うデータを集める試験に範囲を絞って確認します。臨床研究は別の法律にもとづく別の枠組みであり、混同すると募集案内の読み違いにつながります。
毛髪再生医療で治験が行われていると確かめられる一次資料は見当たらない
公的なデータベースを確認した範囲では、毛髪について薬機法上の治験が行われていると確かめられる一次資料は見当たりませんでした。
一方で、臨床研究等提出・公開システム(jRCT)には毛髪に関する登録があります。jRCTb032200148「男女の壮年性脱毛症に対する、培養ヒト自家毛球部毛根鞘細胞移植に関する多施設共同臨床研究」がそれにあたり、これは再生医療等提供計画情報の第二種として登録されたもので、治験ではありません。初回の公表は令和2年10月13日、中止は令和5年1月9日、観察期間の終了は令和5年9月22日で、研究としてはすでに終了しています。
ここで正確にお伝えしておきたいのは、確認できた登録が臨床研究の1件だったということであり、毛髪に関する治験登録が一件も存在しないと断定できたわけではないという点です。データベース全体を網羅的に照合したわけではないため、「見当たらない」という調査結果の表明にとどめます。
毛髪再生医療の治験やモニターの募集案内が薬機法上の治験とは限らない理由
「治験募集」「モニター募集」と書かれた案内を見かけても、その中身は一つではありません。薬機法上の治験の被験者募集、臨床研究の参加者募集、自由診療の割引を伴うモニター募集は、それぞれ別の枠組みです。とくに最後のものは研究ではなく診療の案内であるため、承認申請に向けたデータ収集とは関係がありません。
- 公的なデータベースに登録番号があるか、登録の種別は何か
- 実施する医療機関と責任者が明示されているか
- 目的が承認申請のためのデータ収集なのか、診療としての提供なのか
- 費用が発生するのか、発生する場合は何に対する費用なのか
- 研究として現在も継続中か、すでに終了・中止していないか
判断に迷ったときは、案内元の説明ではなく登録情報そのものを開いて種別を確認するのが確かな見分け方になります。
毛髪再生医療の治験と臨床試験と非臨床試験の違い
3つの語は似ていますが、指している範囲が違います。混同すると研究の段階を実際より進んで受け取ってしまうため、区別を押さえておいてください。
非臨床試験:ヒトを対象にする前に行う試験。細胞や動物を用いて安全性や働きを調べる段階を指します。
臨床試験:ヒトを対象にして行う試験の総称。研究として行うものも治験も、この語に含まれます。
治験:薬機法にもとづき、医薬品や再生医療等製品の製造販売承認を得るためのデータ収集を目的として行う臨床試験を指します。
この整理でいうと、S-DSCのもとになった研究は臨床試験のうち治験ではない臨床研究にあたります。「臨床試験を実施」と書かれていても、それが治験を意味するとは限りません。
毛髪再生医療が届出による自由診療にとどまり標準治療になっていない制度上の理由
提供が始まった技術があるのに、なぜ標準治療にならないのか。答えは制度の作りにあります。届出・承認・標準治療・保険適用は、順番に進む一本の道ではなく、それぞれ別の制度が別の目的で判断する並列の軸だからです。
参考までに、日本皮膚科学会のガイドラインで推奨度A(行うよう強く勧める)とされているのは、フィナステリド内服・デュタステリド内服・ミノキシジル外用という薬による治療です。現時点で標準治療とされているのは、細胞を使う治療ではなく薬だという位置関係になります。これらの薬による治療は、B&HメディカルクリニックのようにAGA・FAGAの薄毛治療を扱う医療機関で受けられます。
毛髪再生医療の届出は国が有効性を承認したという意味ではない
まず押さえたいのが、2つの制度が別物だという点です。再生医療等安全性確保法は臨床研究と自由診療を対象に、リスクに応じた提供基準と計画の届出などの手続きを定めた法律で、目的の軸は安全性にあります。一方、薬機法は製品として製造販売するための制度で、目的の軸は品質・有効性・安全性を審査したうえで承認することに置かれています。両法は平成25年11月20日に成立し、平成26年11月25日に施行されました。
つまり届出は、定められた手続きを踏んで提供体制を届け出たという意味であり、国が有効性を認めたという意味ではありません。厚生労働省の説明でも、提供計画を提出せずに再生医療等を提供した場合は法律違反となり罰則が適用されるとされており、届出はあくまで提供のための必須手続きという位置づけです。「届出済み」という表示を、有効性のお墨付きとして読まないよう注意してください。
毛髪再生医療も再生医療等安全性確保法でリスクごとに三つの種類に分けられる
同法では、提供する再生医療等をリスクに応じて3つに分類しています。分類の対象は毛髪に限らず再生医療等の全般で、毛髪を扱う治療もこの枠組みの中に置かれます。
- 第1種再生医療等
ヒトに未実施のものなどリスクが高い区分。特定認定再生医療等委員会の意見を経て厚生労働大臣へ提出し、90日の提供制限期間に安全性等が確認されます。 - 第2種再生医療等
体性幹細胞を用いるものなど中程度のリスクの区分。特定認定再生医療等委員会の意見を経て厚生労働大臣へ提出します。 - 第3種再生医療等
体細胞の加工などリスクが低い区分。認定再生医療等委員会の意見を経て厚生労働大臣へ提出します。
S-DSCを用いた治療は、東邦大学医療センター大橋病院のプレスリリースで第二種再生医療等に該当すると示されています。第1種と第2種を提供する医療機関には、施設や人員についての要件も課されます。分類はリスクの大きさに応じた手続きの重さを表すものであり、効果の高さを表す等級ではない点も押さえておいてください。
毛髪再生医療に保険適用がなく全額自己負担になる仕組み
公的医療保険が使えるのは、原則として薬事上の承認を受け、さらに公定価格の対象として収載された医療です。届出によって提供される再生医療等は、この経路をたどっていないため保険の対象になりません。
その結果、毛髪再生医療として提供される治療は自由診療となり、費用は全額が患者の自己負担になります。東邦大学医療センター大橋病院のプレスリリースにも、自由診療として費用は全額患者負担になることが明記されています。保険が使えないのは治療の価値が低いからではなく、制度上の入口が異なるためです。逆にいえば、保険が使えるようになるには薬事上の承認という別の軸を通過する必要があり、届出の実績が積み上がるだけでは進みません。
毛髪再生医療のPRPや培養上清の注入は日本皮膚科学会のガイドラインで推奨度C2
学会による評価も、標準治療になっていない理由の一つです。日本皮膚科学会の男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版は、成長因子導入および細胞移植療法について推奨度C2としています。
ここで重要なのが推奨度C2の定義です。C2は「行わないほうがよい」を意味し、有効であるエビデンスがない、あるいは無効であるエビデンスがあることを示します。同ガイドラインの解説では、対象として脂肪組織由来幹細胞の培養上清由来物質やPRPが名指しされ、これらの臨床試験の多くは限られた施設で行われており、安全性を含め有効性が十分に検証されているとはいえない、と述べられています。
読み取るときには時点の差にも注意が必要です。このガイドラインは本記事で確認した範囲では2017年版が最新であり、S-DSCを用いた治療の提供が始まった2024年より前にまとめられたものです。同ガイドラインが対象として名指ししているのはPRPや培養上清であり、2017年版は後から提供が始まったS-DSCを用いた治療を個別に評価したものではありません。評価の対象と時点を確認せずに「学会が毛髪再生医療を否定した」とまとめるのは正確ではありません。
毛髪再生医療の実用化をめぐって広まりやすい誤解
毛髪再生医療は、知恵袋や5ch、なんjといった場で「最前線」「もう実用化された」と語られやすいテーマです。海外の研究や提供の話題として、韓国など国名を伴って語られることもあります。言葉が独り歩きしやすい論点を、ここで一つずつ元の資料に戻して確認します。
毛髪再生医療の世界初という表現はS-DSCを使う細胞治療法に限られる
「世界初」という表現の出どころは、東邦大学医療センター大橋病院のプレスリリースです。ただし原文は「S-DSC®を用いた細胞治療法を世界で初めて実用化しました」という書き方で、主語はS-DSCを用いた細胞治療法という特定の方法に限定されています。
この限定を落として「毛髪再生医療が世界で初めて実用化された」と読み替えると、意味が大きく変わります。毛包器官再生も毛包オルガノイドも提供は始まっておらず、分野全体が実用化されたという意味には受け取れません。世界初という語を見かけたら、何について世界初なのかを原文で確かめてください。
毛髪再生医療の最先端やブレイクスルーと呼ばれる研究が実際にどの段階か
研究の紹介では「最先端」「ブレイクスルー」といった言葉が添えられることがあります。これらは段階を表す言葉ではないため、記事の見出しだけでは研究がどこまで進んだのかを判断できません。
先に見た2つの成果はいずれも学術誌に掲載されたものですが、確認されたのはマウスまたは生体外での結果であり、ヒトを対象とした試験に進んだことを示すものではありません。評価すべきは形容詞ではなく、対象がヒトか動物か、場所が生体内か生体外か、という具体的な条件です。
知恵袋や5chで見た毛髪再生医療の情報を一次資料で確かめる手順
掲示板やQ&Aサイトで見た情報を、自分で確かめる手順を示します。出典が付いていない情報は、この4段階を踏むだけで信頼できるかどうかを判断しやすくなります。
- STEP 1主語を特定する
- どの機関や企業の話なのかを確かめます。主語のない情報は、この時点で確認が行き詰まります。
- STEP 2発表元の公式サイトで原文を探す
- 大学や研究機関のプレスリリース、企業のニュースリリースにあたり、まとめ記事ではなく発表そのものを読みます。
- STEP 3段階と対象を確認する
- 非臨床試験・臨床研究・治験のどれか、対象がマウスかヒトか、生体内か生体外かを原文から読み取ります。
- STEP 4日付と現在の状態を確認する
- 発表の年月日と、その後に中止・終了していないかを確かめます。公的なデータベースの登録は状態が更新されます。
この手順で確かめると、同じ話題でも「計画の表明」なのか「実施の報告」なのかが区別できるようになります。年数だけが強調されている情報は、とくに出どころをたどってみてください。
毛髪再生医療はアメリカなど海外の状況にかかわらず日本では医療機関の届出が要る
アメリカや韓国では受けられるのではないか、という話題も見かけます。ただし国ごとの提供状況を示す公的な資料を本記事では確認できていないため、海外では提供されていると前提を置くことはしません。
はっきりしているのは日本側のルールです。日本の医療機関で毛髪再生医療を提供するには、海外での状況にかかわらず、再生医療等安全性確保法にもとづく提供計画の届出が必要になります。海外の情報を見たときは、それが日本で受けられるかどうかとは別の話だと切り分けて読むようにしてください。
毛髪再生医療の実用化についてよくある質問
最後に、毛髪再生医療の実用化についてよく寄せられる質問をまとめます。気になる項目から確認してください。
毛髪再生医療は実用化されましたか?
一部は実用化された、というのが公表資料にもとづく答えです。S-DSCを用いた治療は2024年7月1日に東邦大学医療センター大橋病院で提供が始まり、このほかにも複数の施設が提供施設として公表されています。
一方で、毛包そのものを作り直す毛包器官再生や毛包オルガノイドは研究の段階にとどまっています。分野全体が実用化されたわけではなく、技術ごとに状況が分かれていると理解しておくのが正確です。
毛髪再生医療のS-DSCの費用はいくらですか?
東京医科大学病院の場合、同院が公表している目安は約2,300,000円(税抜)から約3,500,000円(税抜)です。保険適用外の自由診療のため全額が自己負担となり、初診時には近隣の医療機関からの紹介状が必要とされています。
これはあくまで同院が示した目安であり、他の施設の費用を示すものではありません。実際に検討する場合は、受診を考えている医療機関に直接確認してください。
毛髪再生医療は永久に効果がありますか?
永久に続くかどうかを判断できる公表データは確認できていません。S-DSCを用いた治療について公表されているのは、効果が出た人の割合という一時点の数値のみで、効果がどれだけ持続するかを示す一次データは見当たりません。
生涯にわたって効果が続くと保証できる根拠はありません。効果や持続についての説明は、提供する医療機関で直接確認してください。
毛髪再生医療の治験に参加できますか?
現時点で参加できる薬機法上の治験は確認できていません。公的なデータベースで確認できた毛髪関連の登録は、すでに終了した臨床研究の1件のみでした。
治験募集やモニター募集という案内を見かけた場合は、登録番号と種別、実施する医療機関を確認したうえで判断してください。案内の言葉だけで治験かどうかを見分けることはできません。
毛髪再生医療の実用化は、分野全体でひとくくりに答えられるものではありません。S-DSCを用いた治療は2024年7月1日に大学病院で提供が始まった一方、毛包そのものを作り直す毛包器官再生は非臨床試験の開始と委員会の承認までが公表の限界で、時期を明言した一次資料は見当たりませんでした。
提供が始まっていることと、薬事上の承認・標準治療・保険適用はそれぞれ別の制度が別の目的で判断する並列の軸です。届出は有効性のお墨付きではなく、日本皮膚科学会のガイドラインが注入する治療を推奨度C2としている事実もあわせて押さえておく必要があります。情報に触れたときは、誰が・いつ・どの段階のことを公表したのかを原文で確かめてください。それだけで、実用化の現在地を見誤らずにすみます。